
先日めでたく再婚を発表された歌舞伎役者の中村獅童さん。
結婚された奥さん・足立沙織さんの画像は?元モデル?お相手の年齢は?
竹内結子さんとの離婚理由は浮気なの?
父親・母親はどんな人?
中村獅童さんの気になる噂についてまとめてみました(^-^)
中村獅童さんのプロフィール
名前:二代目 中村獅童(なかむら しどう)
本名:小川幹弘(おがわ みきひろ)
出身地:東京都
血液型:O型
身長・体重:177cm・63kg
生年月日(年齢):1972年9月14日(42歳)*2015年2月現在
出身高校・大学:明星学園高校⇒日本大学藝術学部演劇学科(中退)
職業:歌舞伎役者・俳優・声優
中村獅童さんは歌舞伎の名門・小川家(萬屋)に生まれました。
父親は元歌舞伎役者の初代中村獅童。
6歳より日本舞踊を始め、8歳で歌舞伎座にて初舞台を踏みます。
中学時代よりロックに傾倒し、バンド活動を開始。大学までバンド活動をされていたそうです。
19歳で歌舞伎の道を目指すことを再び決心するも、最後列の一番端に並んでいるだけの役を演じる下積み生活を送っていました。
20代半ばより、歌舞伎と並行して野田秀樹や大人計画などのオーディションを受け始めるが落選が続きます。
しかし、2002年(29歳)映画『ピンポン』で準主役の「ドラゴン」の役で新人賞5冠を受賞されました。この頃の中村さんは役作りでスキンヘッドと強面の風貌だったので当時は警察によく職務質問されたんだとか(^_^;)
「ドラゴン」役の中村獅童さんの写真はこちら⇒画像
歌舞伎でも、2003年に『義経千本桜』『毛抜』にて初主演を務めました。
同時期に、タレント・篠原ともえさんとの交際が報道されました。
現在の篠原ともえさんの写真はこちら⇒画像
その後、中村さんは歌舞伎役者としての舞台のみならず、数々のドラマ・映画に出演され続けています。また、アニメの声優としても活躍されています。
ご結婚され、ますます活躍が期待されますね!
楽しみです(^_-)-☆
結婚した足立沙織さんはどんな人?画像は?
中村獅童さんは2015年2月に一般女性である足立沙織さんとの再婚を発表されました。
足立沙織さんとはどんな人なのでしょうか?
足立沙織さんの写真はこちら⇒画像
足立沙織さんは早稲田大学在学中にViViなどの読者モデルとして活躍されていました。
美人なだけでなく、知的な女性なんですね(@_@)
大学卒業後はアパレル企業・ユナイテッド・アローズに就職。その中のCHROME HEARTS TOKYOにて広報担当としてお仕事をされています。
足立沙織さんの年齢ですが、現在30歳だそうです。
末長く、幸せでいてほしいですね(^-^)
竹内結子さんとの離婚原因は浮気?
中村獅童さんは2005年、映画『いま、会いにゆきます』で共演した女優・竹内結子さんと交際宣言され、その後ご結婚されました。
結婚会見では竹内さんが妊娠3カ月であることも公表され、同年第1子(長男)が誕生しています。
竹内結子さんの写真はこちら⇒画像
幸せの絶頂と思いきや・・・
結婚の翌年、中村さんは酒気帯び運転と信号無視で警視庁に検挙されてしまいます。
その際、同乗していたのが元カノである岡本綾さんだったことが後に判明しました。
岡本綾さんの写真はこちら⇒画像
その後、2006年10月末に竹内さんから離婚届が出され、2008年に竹内結子さんとの離婚が成立しました。
離婚原因は中村さんの浮気では?と言われていましたが、実はその時すでに別居されていたそう。
噂によると、梨園の妻ということもあり、中村さんの祖母から大変厳しく説教され、子供を連れて出ていったとか((+_+))
交際報道から別居・離婚まで短期間で変化したんですね・・・
一人で子育てをされている竹内結子さんにも幸せになってもらいたいですね。
父親・母親はどんな人?
中村獅童さんのお父さん・初代中村獅童さんは中村さんが幼い頃に歌舞伎役者を廃業されているそうで、中村さんは師匠不在の中で歌舞伎人生をスタートさせたようです。
初代はその後、銀行員をされていたんだとか。
廃業された理由としては以下の情報がありました。
・播磨屋5兄弟(3男が初代獅童)の父3代時蔵は吉右衛門劇団の立女形だったが、戦後若い6代歌右衛門にその地位を奪われて以後は役柄に恵まれなかった。
・10代〜20代の5兄弟もなかなかいい役がつかず鬱屈していたところ、4男の錦之助(後の萬屋錦之介)が美空ひばりの相手役として東映にスカウトされる。しかし、映画界に役者を奪われていく危機感から「映画に行くなら歌舞伎には戻るな」と決断を迫られ、歌舞伎を断念することに。続いて5男の賀津雄(現在の中村嘉葎雄)も東映入りする。
・兄の3男獅童も梨園を去って東映のプロデューサーとなり、弟たちを支えることにした。
中村さんは付き人もおらず、楽屋の支度はすべてお母さんが付き添って行っていたそうです。
歌舞伎関係者によると
「歌舞伎役者はほとんどの場合、父親の名跡を継ぎ、父親から芸を伝承されるもの。しかし、獅童さんのお父さんは早くに歌舞伎界から退いているため、後ろ盾がありません。それは歌舞伎俳優にとって致命的なことなんです」
とのことで、実際に中村さんはなかなか役が回ってこずに大変苦労されたそうです。
「そんな顔で役者になろうなんて図々しい」
親戚からはこんな辛辣な言葉を浴びせられたこともあったんだとか。
中村さんはそんな辛い時期もお母さんと二人三脚で歩んでこられたんでしょうね。
しかし、2013年12月17日、母・小川洋子さんが自宅の浴室で心不全のため73歳で他界されます。
お母さんの葬儀で、中村さんは喪主として挨拶し
「ぼくは弱い人間です。ぼくは思っている以上にお母さん子だったみたいで、おふくろがいないと何にもできないんだってことが、今ごろになってわかりました」
と言って号泣されたそうです。
とてもつらい別れだったのでしょうね。
大変な苦労人の一面もある中村獅童さん。今後も応援していきたいですね!


















